7,8,9月の日記に戻る

 滋賀県と岐阜県の境の八草トンネルの近くを走っていて、南側の山の斜面に、チラッとこんなものが見えた。

 一瞬目に入って、違和感があったので、引き返して写真を撮る。

 土手のように見えるが、こんな所に一体何だ。
 地形図を見ると、谷を埋める形で、平地がある。あんな高いところの谷の途中に何だ。

 広さは3ha程。砂防ダムにしては大きすぎる。

 考えていても仕方がない、いつか行ってみよう。と思っているうちに2年程が過ぎた。

 今日は天気も良さそうなので、出かけてみた。
 谷の入り口まで林道がついているので、車で入れた。

 そこから谷沿いに山道があるが、草が刈ってあって、現在も管理されている事が分かる。

 谷を少し登ると、何か大きな施設の跡がある。コンクリートの基礎だけが残っている。
 側には鉄塔があった。送電鉄塔だろうか。
 さらに登っていくと、あの地形の下に出る。

 近づいてみると、大きな土手の法面のようだ。コンクリート製ではない。
 反対側から見る。基部にコンクリートの土止めがあって、その上に石か土を盛って土手にしたようだ。

 高さは30mくらいか。

 しかし、何のために。
 正面から見上げる。

 両側に道があるので、土手の上まで登ってみた。

 一面にヤナギやハンノキが茂った半湿地のようだ。草が深いので平面に降りてみるのはやめた。
 
 土手がダムで、下の廃墟が発電所で、鉄塔は送電線だろうか。とも考えたが、落差もないし、集水域も無い。

 結局それが何のための土手か分からないまま帰る事にした。

 帰ろうとして、思いついて、金居原の集落に入ってみた。最初に出会った中年の男性に聴いたら、一発で教えてくれた。

 あれは土倉鉱山の残りカスを捨てた場所です。下の廃墟はポンプ場で、廃液やヘドロはポンプで揚げて、石や岩はゴンドラで揚げたのです。

 と言う事で、鉄塔はゴンドラだった。

 何しろ鉱毒を含むので、(鉱山が閉鉱して40年たった)今でも地元の金居原地区が委託を受けて管理しているそうだ。

 しかし、金居原地区の住民も高齢化して、いつまで管理できるものか分からない。もし、管理ができなくなって、土手が崩れたら、大量の土砂が高時川に流れ込む事になる。

 深さ30m、広さ3haもの大量の鉱毒を含む土砂が、結局は琵琶湖に流れ込む恐れがある事を、行政などは知っているのだろうか。
 ということで、久しぶりに、1キロ程離れた土倉鉱山跡に行ってみた。

 ここは選鉱場あと。仮面ライダーのロケでもしたら良さそうな雰囲気だ。

 ネットで見ると、廃墟の好きな人がたくさん訪れるようだ。見た目も良いし、国道に近くてアプローチがよい。その種の人たちには有名なのも分かる。
 選鉱場から少し奥へ行くと、坑道の入り口がある。入り口に立つと、涼しい風が吹き出しているので、他にも出入り口があるのだろう。

 さらに、道を進むと行き止まりになっているが、その奥には露頭があって、露天掘りをする予定だったそうだ。

 露天掘りを始める前に閉鉱してしまったらしい。
 以前は一面の廃墟がよく見えたが、だんだん森の中に埋もれようとしている。

 坑道の中はもちろん真っ暗で何も見えないが、フラッシュをとばしてみると、結構奥の方まで写った。

 坑道はずいぶん広がっていて、一部は岐阜県まで伸びているそうだ。

 以前、杉野小学校へお邪魔した折に、校長室に坑道の図面がかけてあった。